■造園技能検定 実技講習会を語る
新春指導員特別座談会 仕事を好きになって欲しい

 (社)神奈川県造園業協会活動の三大柱の一つともいわれる、造園技能検定試験に対する実技講習会指導員として、毎年ご苦労をいただいてきました庭園部会の皆さまにお集まりいただき、講習の歴史、思い出に残っている出来事、ご苦労なさった数々のことなどを、ご自由に語り合っていただきました。

 この座談会は、昨年の検定合格者発表の後に、新しく加わった三人の指導員をまじえて行ないました。発言の敬称は略させていただきました。

出席者(順不同)  庭園部会  検定実技講習会指導員
大胡周一郎(部会長・金磯)
小出 正治(副部会長・緑・南)
柏木 雅一(瀬谷)
男全  巌(緑・東)
斉藤 博文(緑・北)
川崎 安男(横浜南)
渡部 定男(副部会長・湘南東)
松井  徹(司会・事務局長)
内田 和夫(緑・東)
村野 秀次(川崎北)
井上  衛(副部会長・川崎南)
木下  透(戸塚)
検定試験のあり方、業界の将来展望についても
大いに語られた
座談会は、なごやかなうちにも、白熱した意見交換も出た

柏木 雅一氏
司会(松井) 本日はご多用のところをお集まりいただき、ありがとうございます。指導員新春座談会を開催いたします。ご出席いただきましたほとんどの皆さまは、検定員のご経験もございますので、「技能検定や実技講習」にまつわる思い出、ご苦労などを縦横にかつ、ご自由にお話ください。

 まずは、大胡庭園部会長に、ご挨拶を兼ねて口火を切っていただきます。

大胡 本日はご多用のなか、ご出席いただきまして、ありがとうございます。例年ですと、検定合格者が発表直後に反省会の席を設けていましたが、『協会報』新年号の座談会を兼ねた形での集まりとなりましたことご理解いただきたいと存じます。

 さまざまな講習会にまつわるご意見をお話しいただきますよう、お願いいたします。

司会 検定員のご経験も長かった柏木さんより、お話しをいただけますか。

柏木 今のように整った形で検定、講習会が始まったのは、旧北農協(港北区)の甫場を会場としてからだったように記憶しています。この頃までは、技術面でのいろいろな問題がありました。

大胡 周一郎氏

渡部 定男氏

川崎 安男氏

内田 和夫氏

小出 正治氏
 例えば、1級講習会の打ち合わせで、茶席の話が飛び出し、数々のうん蓄が語られ、講習については後まわしになってしまった、ということがありました。「庭」に一家言をお持ちの方は、なかなか、自説はゆずりませんでしたから大変でした。その後、徐々に現在の形に納まってきましたが……

 初期の講習会では、検定対応だけでなく、石積みや竹組みなども一緒に講習されたのです。しかし、流儀といいますか、石にしても竹にしても指導員各自にそれぞれの方法論があることとて、話が一つにまとまらず、運営上は苦労した時期でもありました。

小出 私も、造園技能検定には長いことかかわらせていただいています。検定を協会主管で始めた初期には、海老名の農大を会場にしていましたね。本当にベテランの方々ばかりの検定員でした。農大会場について、黒沼前部会長さんなどから、交通の不便さや同じ会場を重機の講習にも使われ、掘り返され、土がフワフワになり柱が建てにくかったなどの意見が出され、旧北農協の甫場を交渉したところ、大変に協力的で、現在のように使わせてもらうことになったのです。

男全 巌氏
 私は、当時は補佐員で、検定員の厳しい指導、キツイ言葉で指示されたりなどのことが思い出されますね。しかし、今になっては、いい思い出になっています。

渡部 その頃から、実技の課題に建仁寺垣や蹲踞があったのですか。

小出 1級の課題にありましたね。

柏木 その後、垣根をはじめ課題はずい分と変わりましたね。4〜5年の期間で変わっていた印象ですね。

小出 旧北農協に移る以前から、検定員と講習指導員が兼務でしたね。その後、検定員と指導員は別々でなければ、いけないことになって、今のようになったのですね。

斉藤 検定委員と講習指導員がはっきり別れたのは平成に入って間もなくの事と記憶して居ります。実技試験も昭和49年第1回目から2、3回は冬に行なわれましたので1級の延べ段の目地が雪で埋まってしまった事もありました。その時の1級の課題は垣根は高さ180巾360で1部山割りをかきつけて蹲踞及び延べ段もありましたね。ただ今と違うのは午前中3時間午後3時間の持ち時間が6時間だったと思います。昭和50年第2回目からは垣根は高さ180巾90に蹲踞延べ段と変わりまして、それが4、5年続いたと思います。

斉藤 博文氏

木下 透氏

村野 秀次氏

井上 衛氏

その時から現在と同じように持ち時間3時間打切り時間迄3時間30分となったように思います。その後現在の高さ1mの垣根に変わり、4、5年に1度部分的に変わった課題で現在に至っていると思いましたね。

渡部 若い頃の記憶で、垣根が畳を立てたようでした。

村野 徐々に垣根が高さを低くし、幅も半分になった。

川崎 そうですか。作業は今より大変だったんですね。

渡部 いま思い出しましたが、私の体験もさっき小出さんがおっしゃったように、厳しい指導を受けまして、個人的には大変に苦労しましたね。

川崎 初期の頃も、課題のモデル庭園を造ったのですか。

柏木 そう、検定員と指導員が一緒になって造りました。

大胡 私が検定員になった最初の年に、検定を確かなものにするため、講習指導員の手伝いをしなさい、ということがありました。その時期には、検定員が課題モデルを造っていましたね。

斉藤 検定と指導が分かれてから、検定員はこれこれの方針で検定をしますので、指導員の皆さんもそれに沿った指導をしてくださいということがありましたね。当時は検定員が講習会に付くことは当然だ、ということでした。ある時期は一緒にモデル造りをしたのも、そういった訳です。いまは、やはり一緒がいいということに戻ったのですね。そして、造ったモデル庭園は本番前に壊されることになった。

柏木 その壊すについて、庭園部会でやった方がいいということになったのです。

村野 東京都の検定を見学に行った時、会場に課題モデルは無かった。そこで、神奈川も講習が終わったら壊そうとなったようですね。

井上 検定の初期には、受験者が、それぞれに課題の材料を自前で揃えましたね。農大会場の頃、蹲踞の石が現在の3〜4倍近くある大きなものでした。厚みのないギリギリの寸法のものを選んだり、使い易い材料を揃えましたね。

斉藤 私が受けた時も、トラックで自分の材料を会場に運んだね。棕梠縄の寸法も決められていたのでポケットに余分な縄を入れたり、いろいろ工夫をしたものです。

大胡 私も冬を体験しています。霜柱がたっていたりで大変でした。

男全 冬の時季にやったのは2〜3回くらいだったでしょう。

村野 東京都の検定試験を見学に行きました。徐々に東京方式、神奈川方式といわれて、少しずつ内容が整ってきましたね。今でも丸太は違います。東京は、自然のままの丸太を使っています。自然の曲がりや太い細いは当然で、それを使いこなすのが技術である、という考え方だそうです。

柏木 そのあたりのことを考慮し、4、5年前から全国の検定員の代表者を東京に集めて、検定内容の統一を図っているのですね。

小出 各支部ごとに、検定を受ける人のために講習会を開いていた時期もあった。

村野 会場を旧北農協にしてから、組織的に指導員制を設け、協会で統一した講習会を開くことになったのですね。

木下 指導員や検定員の任期について、仄聞ですが、7年間検定員を務め、その後に指導員になるというような慣行があるのですか。

柏木 それは、はっきり、そう決められていることではないでしょう。しかし、いつも新しい指導員ばかり、ということになると、講習の内容が、指導員の考え方だけで進められて、結果的には、バラバラな指導、という懸念もあり、検定合格を目指す、という観点から、指導のあり方が研究された話し合いがもたれて、今おっしゃった慣行という形になったと理解しています。

司会 そのような歴史を踏まえ、指導要綱の確定がなされたのですね。ところで、講習の中では、造園技術の継承ということが、自然の流れとして行なわれている、とも見ることができそうですね。新しく指導員になられた渡部さんは、どのようなご感想を持ちましたか。

渡部 2級の指導担当をしました。初めてのことで不安でしたが、先輩方に引っぱっていただき、チームワークよく指導ができたと感じます。

 気になったことが一つ。それは、受講生の造園技術のレベルです。この方々が長い目で見て、業界の後継者となり、造園界を担うことになった時に、今の造園のレベルを維持していてくれるのだろうか、という危惧です。

 自分が若い時に修業を始めた頃の気構えや熱意といったものが感じられないのです。日常業務の中にない技術、棕梠縄の扱いや生の竹を割るなどは初体験です。検定に合格しても、使わない技術はサビてしまうでしょう。造園界においては最低限の技術ですから、検定後も自分で勉強を続けてほしいという思いがあります。ぜひ精進して欲しい。

柏木 検定試験に合格させる、という一点で講習の指導に当たる以外にないでしょう。技術の伝承といったことは、別の場面に譲らないと出来ないように感じています。

木下 私も初めてでした。その中で、自分も勉強になったのは、指導員先輩方の指導を見せていただいたことです。他の人の技術指導をする機会に触れることはめったにないことです。大変によかった。

 検定のあり方については、「何のために」という点に、自分の中で答がカラ回りをしているようです。日常とかい離しているようなことをやっていていいのか……と思います。

 造園技術の伝承は、当然しなくてはいけない。しかし、その技術が現実の中で生かされていない、という場面。「技能検定」のあり方を問い直す必要があるのでは、と思っています。

川崎 私も初体験でした。指導するより、された、というのが本音です。そんな中で、精いっぱい受講生に対しました。今年は、昨年より少しはましに指導できるでしょう。モデルを造るときにも、諸先輩のご意見をうかがえ、ありがたかった思いです。

 モデルを造る作業の中で、指導方法について多くのご意見が出るのを聞き、このような機会にこそ、大いに意見交換をし、受講生の指導により一層役立てるようにしたい、とも感じました。

司会 技能検定は、造園技能の一里塚を目指しているのか。検定に合格することが全てなのか。考える材料は多く、受ける方々には出発点の一つだ、と考えられますね。造園界の技能をどうやって伝承したり、創出したりしていくかが今後の課題になるのかも知れませんね。

大胡 庭を造ったり、みどりに携わる仕事というものには、必ずしも、これが正しい、という決まりや公式があるわけではありませんから、その時代によって、その形というものは変わっていくものだ、と思うのです。ですから、正解はない、と考えています。

 しかし、昔より伝わってきている技術というものは、例えば垣根とはこうだ、延べ段はこういうものだ、というところでは、日本庭園の伝統の一部として残していかなければいけないのではないでしょうか。こういったことは、機会をとらえて、後輩諸氏に細かく指導していくことも大切だと思います。

 講習会が検定受検対策であったとしても、これもまた、いい機会ではないか、と考えています。大変なことではあるのですが、庭というものは、その時代で変化をしていくものだ、と思います。一つの例ですが、昨年の横浜技能まつりに、協会として参加した際に、展示作品として、木下さん設計のずいぶんと新しい庭が造られました。私などが考えますと従来の日本庭園を思い浮かべてしまいますが、これも時代に合った例なのだ、と感じました。

 このことを技能検定に置き換えて考えますと、課題として、どのように取り入れるか、大変に難しいことになりそうです。そこで、蹲踞や延べ段、飛び石などといった揺るがない造園技術が登場するのかな、と思っています。

柏木 われわれ造園の技能向上は、検定とは別に考えなければいけないように思いますね。検定については、合格ということが第一で、その点をはずすと、受験生が迷うだけに終わる気がします。

斉藤 検定は、全国で統一された課題なわけです。したがって、採点規準にそって検定をしているわけです。ですから、講習で指導する時も、指導員個々の技術や受験生の親方や社長の技術も、それぞれに異なる訳ですが、バラバラな意見が出る余地があってはまずいのです。そこで、検定と技術の伝承とは切り離して考えたいですね。しかし、庭園部会としては今後の課題になりそうですね。

村野 私は少し違った考え方です。受講生が、棕梠縄を満足に扱えない、設計図を読みこなせない、といった指摘があります。それは、検定を受ける資格の経験年数の判定に問題がありそうです。この部分を厳格にしていかないと、根本のところで、検定のあり方や講習のあり方まで論じにくくしてしまいそうです。将来的には、経験年数の内容について、甘い考え方を変えていただかないと、業界全体の質にもかかわってくるように思えるのです。

斉藤 私もそのご意見に賛成です。根本的な問題でしょう。

柏木 もう一つ。自分達のことに戻って、指導員同士の話し合い不足がありませんか。もう少し、お互いの意見交換を深めなくてはならないな、と思うのです。

井上 私もそう思います。検定員も指導員も、事前にお互い十分な話し合いをした方がいいように思えます。昨年から、課題モデル庭園を両者で造るようになりましたね。そこの場で、双方が疑問点なり意見なりを確認し合いながら作業を進めれば、より確かな講習会指導ができるようになるのでは……

斉藤 十分な話し合いをすることは、重要なことですね。

大胡 いまのご意見はもっともなことです。やはり、指導について、その内容をこと細かに話し合い、お互いの理解を深め、受講生に対応しなければいけませんですね。そのための機会を庭園部会としてさらに多く設けたい、と思います。

村野 検定で資格を得ることは、大切なことなのです。しかし、それで終わらせず、自分達が受け取った技術は、次の世代へ渡さなくてはいけない、と考える若者も少しずつ行動を起こし始めているようです。

 川崎支部青年部の中で、「どうして、いまこの仕事をしていられるのか」が話し合われているようです。「何百年も前の人達が、この造園技術を残して、伝える人がいて、いまがある」のだから、「自分達の世代で断ち切ることはできない」と、次に伝える大切さを自覚してきている。検定員、指導員を問わずわれわれも、この若い動きを大事にしなくては、と思いますね。

木下 講習会、検定本番を見ていて、作業をするに際しての一所懸命さに欠けているように感じるのです。かつて私達が試験に臨んだ時、作業開始で、小走りに持ち場に向かったものですが、いまは、ダラダラと歩いている。どうも一所懸命にやることや必死になることを恥ずかしいことのように思っているのだろうか。少し古くさいかも知れないが、職人が仕事をする上では、服装、姿、形などに、「らしさ」が必要なのではと思っているのですが……

内田 とにかく仕事を好きになって欲しいですね。それと、お客様、仲間、世間に対しての礼儀作法は、われわれの仕事の基本ではないですか。仕事の上手、下手以前の問題だと思っています。若い人達に考えてもらいたいことです。

斉藤 このところ、検定の場で外国籍の人がいますが、彼らは、懸命というか、本気で取り組むのが伝わってきますね。見習って欲しいことです。

男全 協会全体のことで、個人邸を専門としている会員のためになることを、もう少しお考えください、と望んでおきます。

司会 時間がまいりました。本日は貴重なお話を長時間にわたりいただきまして、ありがとうございました。新年号の紙面を飾らせていただくとともに、協会運営の参考にさせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。




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