■温故知新 温故知新 古きをたずね、新しきを知る。


 花の広場第23号昭和40年4月発行
 サクラに就いて 野口有朝

 昔からサクラは富士山とともに日本のシンボルと言われ、北は北海道から南は沖縄迄至る処に植えられており、その種類も三百余種あるが、普通園芸的に大別すれば山桜、彼岸桜、里桜、染井吉野の四種である。学者により植物学上の分類や学名も多少の相違があり、土地により俗名も甚だ多い。

 山桜は古来桜の代表的なもので、敷島の大和心」を象徴している。高野山や嵐山などは白山桜で、幹にツヤがあり春の新芽特に赤芽のものは優雅で開花期は美しい。元来山桜は全国の山野に自生したものであるが、同じ山桜でも各地の気候風土によって変化し花の形も色も葉もさまざまで種類も多く、伊豆の大島桜などはこれの変種と言われている。又北海道や東北地方のエゾヤマザクラは紅山桜の系統である。山桜が葉が出てから花を開くのに反して染井吉野は花が散ってから葉桜となる。染井吉野は歴史が浅く各地の公園や並木に用いられ若木でも開花するが樹齢は山桜と比べ短命である。特に都会では六十年位で更新せねばならない。吉野の桜は山桜であるが関東一円のものは殆どがこの染井吉野である。染井吉野は伊豆の大島桜と彼岸桜とかけあわせたものと言われており、江戸の末期東京の染井の植木屋から出たものでこの名称がつけられた。

 彼岸桜はその名の如く開花は他よりも早く、京都の平安神宮、祇園、醍醐や仙台地方が枝垂桜の名所として著名である。里桜は八重一重とも品種が甚だ多く、多種群植で有名なのは矢張王城の地である京都、御室の仁和寺、洛地の平野神社等である。

 横浜は桜の歴史が浅く、名所といえば昔は野毛山と三渓園と植木会社といわれ、会社へも市民が弁当持ちで花見に来たそうである。全国のサクラの名勝地は何れも戦争中の犠牲もさること乍ら、病虫害の被害を蒙ったり、栄養不足や都会の有機ガス等により年々衰微の一路を辿っていることは残念である。戦後二十年、観光日本の汚点返上のためようやく「サクラを植えよう」という運動が各地で起こり、いろいろの団体がサクラの復興提唱をし始め、又これに伴い生産地も増殖に乗り出そうとしている。

 これに反しアメリカでは日本から送ったワシントンのサクラが五十年経った今日、管理は充分にゆきとどき、補植も行われ、戦時中でも痛められずに花見時分の行事は逐年盛大に挙行されている。しかも有名なポトマック河畔の公園のみならず、ワシントン市内のケンウッドの住宅地一帯には各種のサクラが一万本余も植えられて花の名所となっていることは誠に驚異と言わざるを得ない。

 アメリカにサクラが移入されたのは、一八六二年、八重桜十五種が最初で、我が国では当社がアーノルド樹木園に一九〇三年〜一九〇四年に三十〜五十種を納入している。ワシントンの桜は東京市が千葉の植木商から八尺苗を十種二千本を購入し、一九〇九年(明治四三年)発送したのであるが、第一回目はアメリカに到着後検査の結果、病虫害の被害甚しかったため、彼地で全部焼却されてしまった。

 当時の東京市長尾崎行雄氏はこれを遺憾とし、直ちに恩田、古荏両博士を栽培指導に依嘱し、静岡県奥津に於いて無病虫の良苗育成に取りかかった。樹種の選定は植物学の権威者である三好博士の意見を取り入れて万全を期した。

 横浜植木会社もこの歴史的事業に参画し、サクラ苗の荷造発送の作業を引き受け、一九一一年(明治四五年)横浜港よりシアトル経由ワシントンに送ったのである。サクラは染井吉野千本と里桜(山、御車返、普賢象、御衣黄等、白、赤、黄花十一種)二千本、計十二品種、三千本の四尺苗であったが、この第二回目の当社扱いのものは、幸いにも検査の結果全部合格し大いに感謝された。

 かくしてポトマック河畔のサクラは今日も尚日米親善の大役を果たしてくれているのである。このことは東京都の記録にも、上原博士著「樹木図鑑」や、日本観光連盟、日本桜の会の編集図書にもはっきり横浜植木の名前が記載されている。(昭40・4・10)

◎故野口有朝氏を偲んで

 例年に無く暑い夏もようやく終わろうとしていた矢先の九月二日訃報をいただきました。本協会にとって今年は三十年目を迎える為の準備のさ中、協会設立から運営の組織化まで多大なご尽力をいただいた大恩人でもありました。横浜植木の後輩川名氏より貴重な原稿をお借りいたしましたのでここにご紹介申し上げます。

 長い間ご苦労様でした。合掌

 協会事務局 村松

◎プロフィール

明治41年12月14日東京生まれ
大正15年四月現東京農業大学造園学科卒業
職歴京都市土木局都市計画課勤務(S3・7〜16・7)
中国華北交通・徐州林業課勤務(S16・7〜20・11)
名古屋市復興局造園事務(S21・4〜24・6)
横浜植木梶iS24・7〜52・12)
神奈川県造園業協会事務局長(S53・1〜59・8)
神奈川県造園業協会専務理事(S59・9〜H元・9)



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