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◎鋏のこと |
皆さんは仕事で使用している道具はどうされていますか、造園・緑化関連の主な道具といえば鋏、鋸でしょうか。剪定作業の必需品ですが、これらの道具類は、我々職人が納得のゆく仕事をするためには特に気を使うものでしょう。鋏などの刃物類は、切れ味の良否が手入れの仕上がりを左右する大きな要素となります。
一方で剪定される樹木にも切れ味の良否が、生長及び生理上の影響は少なくないのはいうまでもありません。切れ味の落ちた鋏での作業は、樹木の正常な生育にも支障をきたすこともあります。良く切れる鋏で切った切り口は滑らかで、癒合組織も早くきれいに形成されます。 |
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同様に剪定する人の側にも切れ味の良否が、身体への影響として腕やひじ、手指などに表れますが、私の場合は腱鞘炎でした。切れ味の悪い鋏の使用が身体への負担となって表れました。鋏を購入していた金物屋の仕入先が替わり、そこでの購入が難しくなって間もなくのことでした。しばらくは医者にも通いましたが思わしくありませんでした。初老の医者いわく「腕・手指に負担のかからない仕事のやり方を考えなさい、それが無理なら道具を見直しなさい」このことがきっかけで真剣に道具を考えるようになりました。
そのような折、以前より購読中の「日本農業新聞」に、千葉県松戸市の鋏鍛冶の紹介記事が載っているのが目に入りました。早速新聞社に問い合わせ、連絡を取り工場へ伺いました。当時工場では、御当主の弟さん、その息子さん、職人さんがおられました。鋏については多くの経験があり華道各流派用鋏、植木鋏、金属加工用鋏を製造しておられ、いくつかの実用新案も持っておられます。大変研究熱心な方で、私が持参した鋏を見て「ああ、これは量産品だな」と一言。私の鋏についての悩みや、仕事の内容、鋏についての希望などお話ししました。また、御当主は「針金も切りますか?」という質問もされ、私はこの御当主は、造園の仕事を良く知っていると感心しました。実際に現場では、垣根の仕事で針金を切ることがあるからです。
持参した現在使用中の鋏から型を取り、蕨手の形、大きさの希望などを伝え、さらに鋏が落下したとき刃先から落ちないようなバランスをお願いし、蕨手の強度を確保した上で出来るだけ軽量にして欲しい旨を伝えました。かなり無理な注文とは思いましたが、御当主は快く応じてくださいました。
注文から1ヶ月程して鋏が届き、早速使用して驚きました。期待していた以上の切れ味で、今でもはっきりその感触を覚えています。以来、長年にわたり使用していますが、今までに8回ほど細部の修正を経て現在に至っています。
手に馴染みが良く、たこも出来なくなりました。蛇足ながら腱鞘炎も快癒しました。
職人と道具は一心同体であり、私の場合は鋏鍛冶との出会いが大変幸運でした。鋏は消耗品ですが、前述のように仕事の仕上がりや、後の生育状況に大きな違いが生じます。自らの技術に自信と誇りを持って仕事をするための仕度として道具を考える時、既製のものに合わせるのではなく、自分の技量や仕事の内容、身体に合った道具を誂えるということはけっして贅沢とはいえないと思います。 |
◎最近見かけなくなった道具 |
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道具は仕事とともに変化し、新しい道具が考案されることや、他職種の道具を転用して使用されることもある。一方では、工法、材料、デザインの流行などに伴って使用されなくなる道具もある。
今日、既製のものをほとんど見なくなったものに「たたきごて(三和土鏝)」がある。この道具は元来左官職のものであったらしく、以前は土間を締め固める時に用いた道具のようであるがはっきりしたことは分からない。
飛石を打つ際の位置決めや、位置の微調整の際に梃子(てこ)としての利用や、突き固めのための突き棒として利用された。そのほか延段、敷石、玉石を扱う時には大変便利な道具である。石材をセメントの使用で施工する工法が増加したことや、地被類の利用が増えて土の表面の整地を丁寧にやらなくなったことも「たたきごて」の出番が少なくなった要因の一つかもしれない。
以前から使用していた「たたきごて」が、柄の付根からポッキリと折れてしまい、既製のものがなく溶接で何とか修理して事なきを得た経験がある。その後、私のところで職人としての基礎を習得して独立した泉区の親方から、「たたきごて」の余分があったら譲って欲しいとの連絡があったが、私共でも前述のような状況だったため困っている旨を伝えた。その後親方から、出入りの金物屋に相談したいから道具の型を取らせてほしいといってやってきた。2ヶ月程たったある日、出来上がった「たたきごて」が届けられた。小さな道具であるが使い勝手が良く便利なものである。
職人にとって道具は、自らの技術を充分に発揮するためのものであり身体の一部といっても過言ではない。技術と共に後世に伝えたいものである。【「たたきごて」写真:全長約30p】 |
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